銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―36話・破壊者の目覚め―



バロンに『日常』が戻った頃。
ダークメタル・タワーでは、ヴァルディムガルを始めとする幹部達が一堂に会していた。
「エルプズュンデが目覚めた……か。ふむ……。」
「そのようだねぇ。
と、言うことはそろそろ目覚める頃合いではないのかい?」
以前セシル達を襲った女の魔物が、
艶めいた独特の声で片翼の男に問いかけた。
片翼の男はヴァルディムガル。この塔の主だ。
「そうであろうな……。」
「赤い死神か……クカカ、面白くなりそうだのぉ。」
しわがれた聞き苦しい声で嗤うローブの術士。
ローブですっぽりと全身を覆っているため、顔はおろか年さえも判然としない。
「……そうかな。僕は……心配だよ。」
左目を包帯状の布で隠した、炎のように揺らめく髪を持つ少年が小さくつぶやく。
すると、艶めいた笑みを浮かべた女が彼のそばに寄った。
「心配することなんてないさ。
どうせわたしらの手下が奴にやられるとしても、
いくらでも代えの利く下っ端で済むんだよ?」
罠のように甘い囁きでそう諭すが、
それでも少年の瞳からは不安の色が消えなかった。
逆に、自信なさそうに目を伏せてしまう。
「そうかな……ぼくは、ワスティタースみたいに思えないんだ。
心配しすぎなのかな……?」
「いや、シンティルト、お前の懸念も杞憂ではなかろう。
デスティーノが目覚めれば、我々とて被害をこうむる危険は高い。
重要なものはあらかじめ大海溝や空中要塞などに移してあるが、
仮に前線の拠点近くを通過されれば……被害は手痛い物となるだろう。」
布で口元を隠した端正な顔をしかめ、
ヴァルディムガルは深刻そうにつぶやいた。
「確かにあやつの力は強大だな。配下の魔物では敵わんじゃろうて。
わしらが束になっても敵わんからのぉ。」
かっかっかと、またしわがれた声でローブの術士は笑う。
楽観視しているわけではないのだろうが、何がおかしいのか理解に苦しむ。
「ニパス……笑い事じゃないと思うよ。」
シンティルトが浅いため息をつく。
どうやら術士、もといニパスとは根本的にノリが合わないようだ。
およそ悪玉の幹部とは思えない程、言動が気弱な印象のシンティルトは、
そもそもこのメンバーからは浮きがちなのだが。
「いずれにせよ、地界は今以上に乱れるだろう。
混沌こそ……“主”の望み。
今の奴ならば、滅亡に迫るまで破壊しつくすかも知れぬな。」
「そうだねぇ……地界には血塗られた『宿命』がお似合いさ。」
小さく漏れる嘲笑にも似た笑いが、闇に溶けて消える。
そして彼らの不吉な予測は、
図らずともすぐに現実の物となるのであった。


深い深い闇が支配する場所。
泡のように漂う小さな亜空間と、大きな光の中に輝く様々な世界。
ここは次元の狭間。
世界と世界の隙間を埋める、静寂の世界。
ここに1000年前に封じられた男が、今封印を破り目覚めようとしていた。
血のように紅い髪は風もないのになびき、
闇よりも暗い輝きを放つ深い青の瞳は静かな殺意をはらむ。
「……時は満ちた。」
男が、手にした闇色のハルバードを振るう。
彼を封じていた封印の結界はすっかり弱まり、その一振りであっけなく砕けちった。
ガラスが砕けるような幻影が一瞬視界に映り、儚く消える。
かつて彼を封じた者の苦労をあざ笑うかのような光景だった。
―どうやら地界は、極上の食事が出来そうな状態のようだしな……。
そう思い、男はぞくりとするような氷の笑みを浮かべた。
一切の生命を否定するような雰囲気をまとった男。
もし不運にも出会った者は、
そのひと睨みで動きを封じてしまわれそうなほどの圧倒的な力。


彼は、そのままデジョンズを使って消える。
半年前に起こった戦いからいまだ立ち直らないまま、
次の戦いが起きた地界へと。
そう、彼こそが赤い死神。すなわち、デスティーノその人だった。
本能として「破壊」を望む、忌むべき者。
それが彼なのだ。


―カイポの村―
ダムシアンで最大級のオアシスに位置する村・カイポ。
北のダムシアン城方面から来る隊商と、
南のバロン方面から来る隊商が大勢集まる大きな市場で有名な場所だ。
「クークー外においてきちゃったけど……大丈夫かな?」
「だいじょうぶだよ。ちゃんと2人が魔法かけてくれたんでしょ?」
心配するアルテマに、フィアスが心配無用と満開の笑顔を向ける。
クークーの巨体は目立つので、こういう風に隠れる場所がないと冒険者に見つかる恐れがある。
そこで見かねたナハルティンが、ルージュと協力して妖術をかけたのだ。
バニッシュという魔法で、相手にその場に何も居ないかのように錯覚させる効果を持つらしい。
彼は体色の関係でとても暑いだろうが、
頭だけでもヤシの木の下につっこんで何とかしのいでもらおう。
「とりあえず宿も取ったし、もう今日は適当にやろうぜ。」
「じゃ、日が暮れたら1回宿に集合って事でいいわけ?」
いつもリトラ達のパーティは、
町中に限らず自由行動は日暮れまでということにしている。
だからアルテマは、それが当然といったように聞いた。
「おう。じゃ、解散な。」
「リュフタ〜、フィアス〜、あたしといっしょに買い物行こ!」
リトラが解散の号令をかけるや否や、
速攻でアルテマがリュフタとフィアスに声をかけた。
趣味が買い物だという彼女は、
自由行動となるとすぐに買い物に走るクセがある。お金があればの話だが。
「うん、いくいく〜!」
「よっしゃー、ええもんゲットしたろ〜な〜!
あ、ペリドちゃんも行くかいな?」
「あ、いえ……私はけっこうです。ちょっと暑くって……。」
せっかく買い物に誘ってくれたのはありがたがったのだが、
森の国トロイアで育ったペリドには、
この苛酷な環境はかなりつらい。
弱音こそ吐かなかったが、実はもう動ける気力も体力も残っていなかった。
断られてしまったリュフタとアルテマは、
少し残念そうだったが、すぐに気を取り直す。
暑さでばてているのなら仕方がない。
「そっか。倒れないようにね。じゃ、行ってくるから。」
仲のいい3人は、そのまま連れ立っていってしまった。
多分、このまま何だかんだで時間ぎりぎりまで帰ってこないに違いない。
「それじゃ、私も宿屋に行ってますから。
ああ、それにしても何でこんなに沙漠というところは暑いんでしょう……。」
すっかり暑さにやられたらしいジャスティスは、
羽を隠すために羽織ったマントの襟首を暑そうにいじっている。
常春とも言われる穏やかな環境の天界育ちでは、
確かに昼暑く夜寒い砂漠の過酷さには参るだろう。
「なっさけな〜い。やっぱぬるま湯みたいな環境で育ってると、
ろくなのになんないってことだね〜♪」
「う、うるさいですね!魔界育ちのあなたと一緒にしないで下さい!!」
「一緒にしてるわけないじゃ〜ん。
あんたらと違って、あたしたちの魔界はとってもメリハリ利いてるんだから。」
「要するに、寒暖の差が激しいんだろう……?」
メリハリが利いていると言うと良く分からないが、
要するに魔界は寒暖の差が地域によって激しく、
また気温も暑ければ平気で50度、寒ければ零下20度などという極端さは当たり前なのだ。
そんな所で育てば、砂漠の暑さぐらいへっちゃらだろう。
「そーそー、さっすがにルージュ君は察しがいいねぇ♪」
「勝手に言ってろ。それぐらいでよくそんなに騒げるな、お前……。」
ルージュはナハルティンの様子に、
呆れを通り越して感心さえしているようだ。
ノリが悪いルージュに言わせれば、これくらいで騒ぐほうがおかしいのだろう。
「そりゃ、アタシは陽気だからね〜。」
「陽気?陰気のまちが――いでででで!!」
言った瞬間に、リトラの右頬に悲劇が襲い掛かる。
「ん〜、そーいうこと言うのはこのデカ口かな〜?
もーいっぺん言ってごらん、お短気ケチンボ馬鹿力君。」
顔だけはニコニコと笑いながら、
ナハルティンがリトラの右頬をつねり上げている。
これは痛い。当然たまらないので、リトラは彼女の手をひっぱたいて逃げた。
「あ〜、女に手を上げた、サイテー♪」
「そっちが先につねったんじゃねーか!」
ナハルティンのいかにも被害者じみたセリフに、リトラは即座に怒鳴り返す。
からかわれている事を知りつつも、怒鳴らなければ気が済まない。
それで余計遊ばれるのだが、残念ながら彼はそこまでは気が回らないようだ。
その事実にさえ気がつかないジャスティスよりはましだが。
「もう、2人ともいい加減にしてください!!」
いい加減に聞いていられなくなったペリドが、痺れを切らして2人を怒鳴った。
この子に言われたんじゃしょうがないと、
ナハルティンは降参したように無言で肩をすくめる。
「ったく……俺は商売に行ってる。じゃあな。」
もう付き合うのも馬鹿らしいと言わんげに一瞥して、
ルージュはさっさと部屋を出て行った。
「あ、おい!……ったく、あんにゃろう。」
先程自分で解散と言っておきながら、
リトラは不満そうにルージュが出て行ったドアを半眼でにらむ。
単に彼の態度が頭にきているだけだが。
が、気を取り直して仲間の方に向き直る。
「じゃ、おれも外行ってくるからな。」
「あ、わかりました。いってらっしゃい。」
ペリドに見送られ、リトラは半分逃げるように宿を後にした。


「は〜……や〜っと落ち着けるぜ。」
とりあえずからかわれ続ける事がなくなり、
リトラはふうっと一息ついた。
しかし上からは、じりじりと太陽が照り付けている。
涼しい高原にあるリア帝国の首都育ちのリトラにしてみれば、
それはもう半端ではないくらい暑い。
「う゛〜、あっぢーな〜、ちくしょう!」
日よけのマントのフードをかぶれば、
光がじかに当たらない分ましだが、それでも暑いものは暑い。
今頃、先程元気よく買い物に行った3人、
いや2人と1匹も恨めしそうに空を見ているかもしれない。
しかし暑さでまいっている暇はリトラにはない。
キアタルで生じた召帝の行動の疑問を解き明かすため、
情報をできるだけ多く集めなければいけないのだ。
しかし、どう当たったものか。
空を見上げれば、無遠慮に太陽がぎらぎらと熱を大地に送り込んでいる。
見るだけで腹ただしくなり、
リトラはすぐに視線を正面に戻した。
「ん〜……そうだ、あの塔の新ネタでもねえかな?」
とりあえず聞き込むためのネタを思いついたリトラは、
早速人通りの多い市場に向かった。
期待通りに情報が入ればいいのだが。


―1時間後―
「スカばっかりかよ……ブッコロ。」
すでに汗まみれの体を気にするような精神的余裕は、
暑いさなかの情報収集で消えうせていた。
ダークメタル・タワーの事を聞いて歩いたのだが、
結果は骨折り損のくたびれもうけそのもの。
調査団が近づけないらしいとか、
魔物が周りにうようよしていて危険だの、
聞いた事がある情報しか手に入らない。
正直な話、情報としてはクズ同然だ。
「ったく……なんか他にいいネタはねぇかな……ん?」
とりあえず他の話を聞こうとうろついていると、
商人ギルドの張り紙が目に入った。
「んー、なんだこりゃ?」
張り紙には、こう書かれていた。
『今年は碧砂漠出現の可能性が高いとの予測が、
ダムシアン城より通達されています。
キャラバンを組む行商人や、旅人は注意。』
どうやらこれは重要な内容らしく、
張られている場所もひときわ目立つ場所である。
張り紙のそばでは、あまり芳しくない表情の商人や旅人が、
何人も話をする光景が繰り広げられている。
「なぁおっちゃんたち、この張り紙何なのかしらねぇ?」
「あぁ、もちろん。
もしかして坊主は、ダムシアンは初めてか?」
「うん、まぁな。」
厳密に言えば、以前国境にある町に行ったことがあるのだが、
あえてそう返事をしておく。
「そうか、なら知らなくても無理はないな。
実はこのダムシアンの大砂漠には、数十年から100年に一度、
『碧砂漠』とかいう変な砂漠が現れるらしいんだ。」
「碧砂漠?何だそれ?」
聞いた事のない地名である。
砂漠は砂漠なのだろうが、いまいちイメージがわいてこない。
「んー……、一説にはただの幻とも言われている場所なんだよ。
砂が海みたいに青くてね。
遠目から見ると、オアシスのように見えるのさ。」
「へ〜、それで碧砂漠って言うのか。
つーことは、オアシスと間違えちまうんだろ。」
「そうそう。賢いな坊主。」
「で、行くとどうなっちまうんだ?」
「さぁなぁ……。
ただ、むか〜し入っちまった奴らを見たキャラバンが居てな。
碧砂漠に迷い込んだそいつらは、出てこなかったらしい。
とんでもない魔物が居るとか、異世界に繋がってるとか言うけど、
誰もホントの事なんか知りゃあしないんだ。」
「悪い事は言わないから、行こうなんて思わないほうがいいよ。
あれは、砂漠の民もキャラバンも旅人も、皆が恐れているんだ。」
―碧砂漠、なぁ……。
今は大して役に立たなさそうな情報だが、
好奇心だけでものを言えば気になる。
もう少しくわしく聞いておきたくなった。
「ふーん、そいつが出る前に何かあったりしねーの?」
「うーん……碧砂漠が出る年は、
王家の秘蔵の何かが反応するらしいんだな。
後は、雨が多い年が出やすいとか、ジンクスみたいなものならたくさんあるけどな。」
「つまり、異常気象や珍事が相次ぐ年に出現しやすいみたいなんだよ。
まぁ、一番確実なのはダムシアン王の発表する情報だけど、
それでも具体的に何月ごろに出るかは分からないしね。」
どうやら、これ以上の事は彼らも知らないようだ。
しかしもう、十分な情報は手に入れただろう。
「ふーん、そっか。ありがとな、おっちゃんたち。」
「ああ、じゃあな。」
「気をつけるんだよ。」
商人の2人に別れを告げ、
リトラはまた違う場所に行く事にした。
とりあえず情報収集は続けたいのだが、
リトラ達にとってのいい情報は、あまり手に入れられなさそうである。
「さーて、どうすっかなぁ……。」
そういえば、情報収集の最中にバロンで疫病騒動があったと小耳に挟んだ。
先程買い物に出て行った2人と1匹も、
その話を聞いたかもしれない。
そうなれば、フィアスはきっとバロンにいる養父母や友人を心配する事だろう。
「次……またバロンとかいうオチになりそーだぜ。」
そこに行くメリットが取り立てて思いつかない今、
リトラの口からはため息しか漏れない。
しかし、である。
―そもそもこれ以上人間の町にいて、情報ゲットできんのかよ……?
手詰まり感を感じながら、
暑さに耐えかねたリトラは宿に戻る事にしたのであった。
今日はこの後、今後の方針についてじっくりと考えるべき時のようだ。



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くだらない喧嘩シーンが何故かさくさくかけました。
どうも俺はこういうのが好きなようです。
ついでに敵さん達も乗り気で書いてました。悪役好きなんですかね自分。
前回アップから1ヶ月と2週間近くオーバー。
気がついたら十分な分量(5000字以上)に達していたという妙なオチ。
ちなみに、真に手詰まり感があるのは、
今後のリトラ達の行き先のバリエーションだったり(え